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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)167号 判決 1992年10月20日

東京都品川区東五反田二丁目一六番二一号

原告

高周波熱錬株式会社

右代表者代表取締役

水馬克久

右訴訟代理人弁護士

田倉整

同弁理士

佐藤辰男

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 麻生渡

右指定代理人

石井良和

中村友之

秋吉達夫

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六〇年審判第一二七八六号事件について平成二年四月二六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五〇年五月一日、昭和五〇年特許願第五三三四三号をもつてした特許出願の一部を分割して、昭和五六年五月一日、昭和五六年特許願第六六三五四号をもつて、名称を「鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をしたが、昭和六〇年三月一八日、拒絶査定を受けたので、同年六月二〇日、審判を請求し、昭和六〇年審判第一二七八六号事件として審理された結果、平成二年四月二六日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年七月一一日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

副筋として使用され、伸長時に塑性変形を伴わず、その弾性によつて伸長しうる降伏強度を六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2の高強度鋼線を螺旋状にかつ密着巻に成形してなることを特徴とする鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋(別紙図面一参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  本件出願前に日本国内に頒布された刊行物である昭和四七年実用新案登録願(昭和四八年実用新案出願公開第一一三二一五号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和四八年一二月二五日特許庁発行、以下「第一引用例」という。)には、「鉄筋コンクリート構造物における梁の構築に際し、剪断補強の目的で主筋に巻きつける帯筋について、鉄線をスパイラル状とし圧縮して金具等で束ね、現場に搬入して主筋を挿通し、該金具の除去により、主筋長手方向に弾発してほぼ原型に復する」点及び「圧縮に際し、これを解除した時残留歪ができるだけ少なくなるようにする」点が記載されている。

また、昭和四九年特許出願公開第九四四六号公報(以下「第二引用例」という。)には、「ケミカルプレストレストコンクリートヒユーム管用鋼弦籠の製造方法に関し、降伏強度が六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2の範囲にある高張力鋼線を縦筋に対しスパイラル状に巻きつける。」点が記載されている。

3  本願発明と第一引用例記載の考案とを対比すると、後者における帯筋は前者における副筋に相当し、両者は、副筋として使用され、伸長時にはその弾発力を利用する鉄線を螺旋状にかつ密着巻に成形してなる鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋である点で一致し、前者は鉄線の材料を降伏強度六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2の高強度鋼線としているのに対し、後者は鉄線の材質に格別の記載がない点で相違している。

この相違点について検討すると、第一引用例記載の考案には、前記のとおり、伸長に際し残留歪ができるだけ少なくする点が記載されており、鉄線の材質について残留歪を少なくするもの即ち降伏強度の高いものを選択することは当業者が普通に考えうることであり、一方、第二引用例記載の発明には本願発明の降伏強度の範囲内にある高強度鋼線を使用する点が記載されており、第二引用例記載の発明も鉄筋コンクリート構造物という技術分野である点を考慮すると、第二引用例に記載されている高強度鋼線を第一引用例記載の考案の鉄線として使用する点には格別の創作性は認められない。

したがつて、本願発明は、前記各引用例記載の発明及び考案に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

本願発明の要旨、本願発明と第一引用例記載の考案に審決認定の相違点があることは認めるが、審決の、第一引用例記載の考案及び第二引用例記載の発明の技術内容の認定、本願発明と第一引用例記載の考案との一致点の認定及び本願発明と第一引用例記載の考案の相違点についての判断は争う。

審決は、本願発明が建築基準法三八条に基づく建設大臣の認定を得たものであることを看過し、また、第一引用例記載の考案及び第二引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り、もつて本願発明と第一引用例記載の考案との一致点の認定を誤るとともに相違点についての判断を誤り、更に、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、もつて本願発明の進歩性を否定したもので、違法であるから、取消しを免れない。

1  建築基準法三八条の規定に基づく建設大臣の認定の看過

本願発明は、以下のとおり、建築基準法三八条の規定に基づく建設大臣の認定を得て、従来技術の限界を超えた新規性かつ進歩性ある発明であることの確認を得たものであるところ、審決はこの事実を看過したものであるから、このことのみで既に違法として取り消されるべきである。

特許請求の範囲の記載から明らかなとおり、本願発明において使用される鋼線は、

<1> 伸長時に塑性変形を伴わない

<2> その弾性によつて伸長しうる

<3> 降伏強度六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2

<4> 高強度のものである。

法規制に係る鋼材等の許容応力度の基準強度については、建築基準法施行令九〇条及び昭和五五年建設省告示第一七九四号に定められており、本願発明の鉄筋は、この法規制の限界を超えており、法規の許容範囲外のものである。

すなわち、法規による基準値は、鋼材をせん断補強筋に用いる場合、短期応力に対する許容応力度は、異形鉄筋で三〇〇〇kg/cm2(すなわち三〇kg/mm2)を基準値として設計すべきこととされているが、本願発明の鉄筋の場合、強度を六〇〇〇kg/cm2(すなわち六〇kg/mm2)として提示しているので、仮に本願発明の鉄筋を用いるならば、細い鉄筋(鉄線材)で間に合うことが可能であるのに、法規によつて基準値を抑えられているため、半分の強さしかないものとして計算して設計し、必要以上の本数を使用しなければならない。

したがつて、本願発明の鉄筋は、そのまま建築物のコンクリート柱又は梁に用いても、その利点は法的に認められていないため、事実上用いられなかつた。

本件特許出願を分割する前の特許出願は昭和五〇年にされたものであるが、その当時は、昭和四六年建設省告示第二〇五五号によつて規制されており、その後昭和五五年建設省告示第一七九四号に代わつたが、法規制の枠は依然として厳しく、本願発明の数値は許容範囲外にある。

本願発明の鉄筋を鉄筋コンクリート造の柱に用いる場合の帯筋比もまた、法規の許容範囲外である。

建築基準法施行令七七条三号に規定する鉄筋コンクリート造の柱の帯筋比は、昭和五六年建設省告示第一一〇六号(昭和四六年建設省告示第二〇五六号は廃止)が〇・二%以上を基準値として定めている。

ところが、本願発明における帯筋比は〇・一%以上であるから、これらの法規値を満足させてはいない。

すなわち、前記のとおり、鋼材をせん断補強筋に用いる場合、短期応力に対する許容応力度は、異形鉄筋で三〇〇〇kg/cm2に対し、本願発明のそれは六〇〇〇kg/cm2であるから、これに対応する帯筋比を計算すれば、法規値〇・二%以上に対し、本願発明のそれは〇・一%以上となるのである。

そこで、原告は、昭和六〇年二月五日、建築基準法三八条の「この章の規定又はこれに基づく命令若しくは条例の規定は、その予想しない特殊の建築材料又は構造方法を用いる建築物については、建設大臣がその建築材料又は構造方法がこれらの規定によるものと同等以上の効力があるものと認める場合においては、適用しない。」との規定に基づく認定の申請を行い、本願発明に係る鉄筋(鉄線材)を鉄筋コンクリート造梁、柱のせん断補強筋として使用する場合、せん断補強筋の短期許容引張応力度を六〇〇〇kg/cm2、最少せん断補強筋比を〇・一%とすることを含む設計指針について、申請を行い、同年三月一日、同指針が建築基準法施行令七七条、九〇条及び九六条の規定によるものと同等以上の効力を有することの認定を得た(最終の認定取得は平成二年九月に係るもの)。

したがつて、本願発明は、建設大臣によつて従来技術の限界を超えた新規性かつ進歩性のある発明であることの確認を得たものである。

この点を看過した審決は、それだけで違法として取消しを免れない。

2  一致点認定の誤り

審決は、本願発明と第一引用例記載の考案とは、副筋として使用され、伸長時にはその弾発力を利用する鉄線を螺旋状かつ密着巻に成形してなる鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋である点で一致すると認定している。

しかし、第一引用例記載の考案は鉄線を密着巻に成形することをその技術的内容とするものではないので、その点において審決の右一致点の認定は誤つている。

第一引用例の「考案の詳細な説明」には、鉄線を密着状態に圧縮することは記載されていないのみならず、「鉄線1の圧縮は、(略)圧縮荷重を解消すれば、鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるように注意する」と、圧縮に当たつてその程度に充分に注意を払うべきことが記載されている。

また、「1は鉄線であつて、主筋2・・・の柱側に固定される上部及び必要があれば下部のピツチを小さくし、主筋2・・・の中間部もしくは先端側に固定される中部のピツチを大きくし」あるいは「鉄線1への圧縮荷重が解消し、(略)主筋2・・・の柱側が密で主筋2・・・の中間部もしくは先端側が粗なピツチで巻つく(「巻はく」とあるのは「巻つく」の誤記と認める。)」と記載されているとおり、第一引用例記載の考案では螺旋鉄筋のスパイラルのピツチを先端部分と中間部分とでは変えている。このようにピツチが部分的に異なる螺旋鉄筋を前記の「鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるように」注意して圧縮するとすれば、ピツチの密な部分は密着状態になるが粗の部分は密着状態にならない程度に圧縮するのが限度であろう。なぜならば、ピツチの粗の部分は密の部分より変形(歪)が大であり、圧縮荷重を解消した際に粗の部分は原型に復さないことになるからである。

被告は、第一引用例の第1図(別紙図面二参照)には螺旋状鉄筋が上下隣接した部分が互いに接触するような状態で図示されているとして、第一引用例記載の考案は密着状態まで圧縮することを技術的内容とする旨主張するが、前述のことからして、同図は、単に圧縮された状態で鉄筋を金具又は紐で束ねることを示すのみで、密着状態にまで圧縮することまでも示したものではない。

3  相違点に対する判断の誤り

審決は、本願発明が鉄線の材料を降伏強度六〇kg/mm2ないし一三〇kg/cm2の高強度鋼線としたことについて、第一引用例記載の考案及び第二引用例記載の発明からみて、格別の創作性はないと判断する。

審決は、まず、第一引用例には伸長に際し残留歪ができるだけ少なくする点が記載されていることから、鉄線の材質について残留歪を少なくするよう降伏強度の高いものを選択することは当業者が普通に考えることであるとする。

しかし、前2で主張したとおり、第一引用例の右記載は、あくまでも圧縮にあたつての注意事項であつて、鉄線の材質等を考慮すべきことを記載したものではない。したがつて、第一引用例の右記載から当業者が鉄線の材質について残留歪を少なくするものを選択することを想到するはずはなく、単に圧縮の程度をどの程度にするかを考えるにすぎない。

また、審決は、第二引用例には本願発明の降伏強度の範囲内にある高強度鋼線を使用する点が記載されており、また、第二引用例記載の発明も鉄筋コンクリート構造物という技術分野であるとする。

しかし、第二引用例記載の発明は、ケミカルプレストレストコンクリートヒユーム管(以下「CPCヒューム管」という。)用鋼弦籠の製造方法である。

CPCヒユーム管にあつては、それに使用される鋼弦籠は、その籠を型枠内に配置し、その型枠内に膨張性セメントを打設し、セメントの凝固後の膨張力をその籠を構成する縦筋とその外周にスパイラル状に巻つけられた高張力鋼線により抑えることによつて軸方向及び円周方向の内方向に向かわせてコンクリートにプレストレスを与えるためのものである。したがつて、鋼弦籠の縦筋及びその外周に巻きつけられた高張力鋼線には、膨張性セメントの膨張力により引つ張られるような力が常時作用している。このようにして、コンクリート中に導入されるストレスは、ヒユーム管のひび割れ(コンクリートの乾燥時の収縮によつて生ずる。)を防止することができるという効果を奏するのである。

一方、コンクリートの柱や梁などには地震等の際には強くかつ衝撃的に力が作用し、変形を起こし、場合によつては破壊に到る。本願発明の副筋として使用される鉄筋コンクリート構造用鉄筋は、コンクリートの柱や梁のそのような変形を起こす力、即ちせん断力に対して、せん断耐力と靱性を確保する機能を果たすものであるから、副筋として使用される鉄筋は、施工時は勿論のこと、コンクリート凝固後においても、コンクリート構造物にプレストレス導入作用を生じない。

したがつて、第二引用例に記載されているCPCヒユーム管用鋼弦籠の外周に巻つけられた鉄筋(第二引用例にいう主筋)と、本願発明や第一引用例記載の考案のコンクリート構造用鉄筋(副筋)とは使用される目的、作用効果において全く異なるものである。

審決は、本願発明も第二引用例記載の発明も鉄筋コンクリート構造物という技術分野であるというが、本願発明においてはコンクリートは膨張性のない普通のコンクリートを用いなければならないのに対し、第二引用例記載の発明においては逆に膨張性コンクリートを使用しなければならない。したがつて、単純にコンクリート構造物といつても、両者は組成物も異なる。

以上のとおり、第一引用例には鉄筋の材質を変更しょうとする技術的思想はない。そして、第一引用例記載の考案と第二引用例記載の発明とはそれに用いられる鉄筋の使用目的及び作用効果が異なるのである。したがつて、第一引用例の考案における鉄筋(副筋)を第二引用例の主筋として用いられている高強度鋼線に代えるとの発想が生ずることはありえない。

したがつて、本願発明が鉄線の材料を降伏強度六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2の高強度鋼線としたことについて格別の創作性はないとした審決の判断は誤りである。

4  本願発明の奏する顕著な作用効果の看過

前1で主張したとおり、建築基準法施行令九〇条及び昭和五五年建設省告示一七九四号では、鉄筋の短期許容応力度すなわち降伏点について三〇〇〇kg/cm2(三〇kg/mm2)と定められている。このように定められたのは、甲第一八号証の一ないし三(鉄筋コンクリート構造計算基準・同解説)五八頁に「せん断補強筋に高強度鉄筋を用いた実験例は、比較的少なく、またせん断ひび割れの開口止めとしての高強度鉄筋の効果は少ないと考えられるので、外国基準の例にもならい、長期・短期の許容応力度を二〇〇〇㎏/cm2、三○○○kg/cm2と頭打ちした」と記載されているとおり、本件出願前にあつては、せん断補強筋は、鉄筋コンクリート構造物のせん断耐力を向上させるのにそれ程有効であるとは考えられていなかつたのが一つの理由である。

ところが、本願明細書の第9図(別紙図面一第9図参照)に示されているとおり、降伏強度一三〇kg/mm2(A)及び六〇kg/mm2(B)(ともに本願発明の鉄筋)は、降伏強度三〇kg/mm2(C)(従来の鉄筋)と鉄筋比、鉄筋直径及び鉄筋ピツチを同一として比較すると、鉄筋の降伏強度が高くなると、鉄筋コンクリート構造物のせん断耐力も向上することが本願発明により見出されたものである。そして、このような本願発明の効果は、前述のとおり、法規制の変更をも惹起させた。

審決は、本願発明のこのような顕著な作用効果を看過したものである。

第三  請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  建築基準法三八条の規定に基づく建設大臣の認定の看過について

原告は、本願発明の対象とする鋼材が建築基準法施行令の定める規制の限界を超えているのであるところ、建築基準法三八条の規定により建築基準法施行令七七条、九〇条及び九六条の規定によるものと同等以上の効力を有することの建設大臣の認定を得たことをもつて、本願発明の新規性、進歩性が確認されたとして、その点を考慮しなかつた審決の誤りを主張する。

しかし、特許要件としての発明の進歩性の有無は、特許法の観点から判断されるべきことであり、これと立法趣旨の異なる建築基準法等の関係法規による規制等は、特許要件としての発明の進歩性の判断に何ら関係ないことであり、原告の主張は、その前提において理由がないものである。

更に、本願発明の螺旋鉄筋は、本願明細書の特許請求の範囲の記載や発明の詳細な説明中の「産業上の利用分野」の記載から明らかなとおり、建築基準法にいう建築物のみに使用されるものではなく、また、大臣認定は工法に関するものであつて、本願発明とはカテゴリーが異なるばかりではなく、その工法に使用されている螺旋鉄筋も本願発明のものと同一ではないので、大臣認定と関連づけて本願発明の進歩性を判断することはできない。

2  一致点認定の誤りについて

原告は、本願発明と第一引用例記載の考案とは、副筋として使用され、伸長時にはその弾発力を利用する鉄線を螺旋状にかつ「密着巻に」成形してなる鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋である点で一致するとした審決の認定の誤りを主張する。

しかし、第一引用例の第1図には、スパイラルの鉄線1を圧縮した状態で金具3、3で束ねた梁用帯筋(螺旋鉄筋)が図示されており、そのスパイラルは、上下隣接した部分が互いに接触するような状態で図示されている。

また、第一引用例には、「この考案の帯筋は(略)現場への持ち込み、保管にも便宜である」(四頁三行ないし六行)との効果に関する記載があり、これによれば、第一引用例記載の考案において、螺旋鉄筋を圧縮するようにしたのは、その圧縮により螺旋鉄筋の容積を圧縮して搬送や保管の便等に資するようにするためであることが理解でき、このような搬送や保管の便を考えると、第一引用例記載の考案を一個の物として具体化する場合に、これをできるだけ圧縮するようにしておくことが望ましく、密着状態まで圧縮するようにしておくことが最も望ましい態様であることが自明のことであるとして認識できる。

そうすると、実施例を示したものである第1図に図示されている前記の事項は、このような第一引用例記載の考案を具体化する場合の最良の態様と符合していることになるから、第1図に図示されている事項に明細書における前記効果に関する記載を併せ考えると、第1図に示されている螺旋状の鉄筋が図示されているとおりの密着状態に圧縮されたものであることを容易に理解することができる。

原告は、第一引用例の「鉄線1の圧縮は、(略)圧縮荷重を解消すれば、鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるように注意する」と記載されていることをもつて、第1図は、鉄筋を密着状態まで圧縮することを示したものではない旨主張する。

しかし、螺旋鉄筋が密着状態に圧縮されている場合において、その圧縮荷重を解消した際に残留歪が僅少となるか否かは、その螺旋のピツチや材質との兼ね合いで定まることであり、その鉄線が本願発明のような高強度鋼線を用いたものであつても、ピツチが一定限度を超えていれば残留歪は生じるし、また、このような高強度の材料を用いたものでなくても、ピツチがある程度密であれば、残留歪は生じない。

そうすると、第一引用例の螺旋鉄筋を密着状態まで圧縮したとしても、そのピツチや材質等を適切な値に選定しておけば残留歪が僅少となることは明らかであるから、原告指摘の右記載が原告主張のように圧縮の程度を説明したものであると仮定しても、右記載が螺旋鉄筋を密着状に圧縮することを排除する記載であると認めることはできない。

なお、螺旋鉄筋を圧縮する場合、スパイラルの鉄線1の上下隣接部分が互いに重なり合うように正しい方向に注意して圧縮荷重を加えないと、鉄線1がよじれる等して残留歪が生じることがあり、残留歪は、圧縮の方向によつても生じ得るから、右の記載が原告主張のように圧縮の程度を説明したものであるとは必ずしもいえないものである。

3  相違点に対する判断の誤りについて

原告は、本願発明が鉄線の材料を降伏強度六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2の高強度鋼線としたことについて格別の創作性はないと判断したことの誤りを主張する。

しかし、第一引用例記載の考案の螺旋鉄筋(帯筋)において圧縮荷重を解除した際の残留歪を僅少にしようとする場合に、鉄線の材質を降伏強度の高いものとすることは、その場合に採り得るごく常識的な設計にすぎない。

乙第六号証ないし第八号証の各一ないし三(「土木用語辞典」、「建築用語辞典」、「材料力学上巻」)からすると、残留歪とは、塑性変形に対応するひずみであり、材料に塑性変形を生じさせる応力(度)の値を降伏点と称するものであるから、材料に荷重を加えても残留歪が僅少となるようにするためには、その材料の降伏点の値を少なくとも予測される荷重による応力(度)以上に高くすればよいことは、当業者にとつて技術上自明のことである。そして、仮に第一引用例の前記記載が原告主張のような圧縮に当たつての注意事項であるとしてみても、第一引用例に圧縮荷重を解除した際すなわち伸長に際し残留歪をできるだけ少なくする点が示されている以上、第一引用例記載の考案の螺旋鉄筋において、その鉄線の材質に降伏強度の高いものを選択することは、当業者の常識をもつて普通に考え得ることである。

一方、第二引用例には、本願発明にいう高強度鋼線の降伏強度(六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2)の範囲内にある九二・五kg/mm2ないし九七・八kg/mm2の鋼線(主筋)を軸方向の鉄筋である縦筋にスパイラル状に巻きつけて使用する点が示されており、そのスパイラル状に巻きつけられた鋼線は、本願発明の螺旋鉄筋と作用に関しても基本的な点で共通している。

すなわち、本願発明や第一引用例記載の考案のような副筋は、本願明細書に「副筋端部の固定は(略)広がろうとする力を拘束できなくなる。」(二頁末行ないし三頁七行)と記載されているように、鉄筋コンクリート構造物のコンクリートが主筋と直角方向に広がろうとする(膨出しようとする)力を拘束しようとするものであるが、第二引用例記載の発明における巻きつけられた鉄筋も、膨張セメントの凝結後の円周方向に向かう膨張を抑えようとするものであり、CPCヒユーム管の製造時の作用だけをみても「コンクリートが軸方向と直角方向に膨出しようとする力を拘束する」という基本的な点で本願発明や第一引用例記載の考案のような副筋と共通している。

更に、そのヒユーム管を土木工事に使用して土中に埋設したときは、種々の原因により管路が沈下することがしばしばあり、その結果、管が曲げやせん断力をうけて管の破壊等が生じるが、その場合には、縦筋に巻きつけられた前記の鉄筋は、当然、鉄筋コンクリート構造物の鉄筋として管の破壊等を防ぐ作用もすることになり、その作用が本願発明や第一引用例記載の考案の副筋と基本的な点で共通しているといえる。

原告の主張は、本願発明及び第一引用例記載の考案の副筋や第二引用例記載の発明における鉄筋が奏する作用効果等の一面だけを強調し、両者の基本的な共通点を全く考慮にいれないものである。

4  本願発明の奏する顕著な作用効果の看過について

原告は、特許法とは立法趣旨の異なる法律である建築基準法に定められた大臣認定に関連づけて本願発明の作用効果の顕著性を主張するが、それが理由のないことは前1に述べたとおりである。

また、甲第一八号証の一ないし三において、「高強度鉄筋の効果は少ない」といつているのは、「せん断ひび割れの開口止め」に対してであつて、「せん断耐力」ではない。

せん断補強筋の効果については、乙第五号証の一ないし七(鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説一九七一年版)の一八六頁一二行ないし一八七頁第七行の「ⅲ)せん断補強筋の効果と最大限度」の項に、「補強筋はせん断ひび割れの発生時期を遅延させるものではないが、ひび割れの伸展および開口幅の増大を防止し、材のせん断耐力ならびにじん性の確保に役だつ。しかし、実験によれば(16・2)式および(16・4)式に示したように、pw(注-あばら筋比又は帯筋比)が増せば終局強度は増加するが、従来のトラス理論に立脚した計算式のように、必ずしも、pw・wft(注-あばら筋比又は帶筋比とあばら筋又は帯筋のせん断補強用許容引張応力度の積)に直接比例して増大するとはかぎらず、これの平方根に比例した形で増大する傾向がある。」と記載されていて、せん断補強筋は、せん断ひび割れの開口止めとしての効果は少ないが、その強度を増せばせん断終局強度の向上にそれなりの効果があることは従来周知のことである。

右の「終局強度がpw・wftの平方根に比例した形で増大する傾向がある」とは、同じ強度の鉄筋を使用した場合、鉄筋量を増加させればせん断終局度(せん断耐力)が増大し、また、鉄筋量は同じでも強度の大きな鉄筋を使用すればせん断終局度(せん断耐力)が増大することを意味し、このことは、定性的には、強度の大きな材料を多く使用すれば強度の大きなものが得られるという部材の強度に関する理論及び経験則にも合致する極めて常識的なことを示すものである。

甲第四号証(日本建築学会大会学術講演梗概集)中の「高強度せん断補強筋を用いた鉄筋コンクリート梁.柱の力学的挙動に関する実験研究(その1 梁のせん断終局強度)」の「まとめ」項には、「高強度せん断補強筋を用いることは、せん断終局強度の増大に有効であつた。Pw・soy∧35kg/cm2では、(注-せん断終局応力度)はPw・soyに関係していたことから、Pw・soyを目安にを期待できる。したがつてPwを増すかわりに高強度せん断補強筋を用いてsoyを高めることにより、補強効果を確保し、十分安全な設計を行える可能性が見出せた」とあり、乙第五号証の一ないし七に示されている従来周知の実験式と同様な式を用いて高強度鋼線がせん断補強に有効であることを説明している。

このように、せん断補強筋の強度を増せばせん断終局度の向上に関してそれなりの効果があることは従来周知のことであつて、高強度鉄筋を使用すればせん断終局強度が大きくなることは、当業者が技術常識上当然予期できたことであり、せん断終局応力の向上に由来する本願明細書記載の効果は格別のものではない。

第三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

また、本願発明と第一引用例記載の考案との相違点についての審決の認定は、当事者間に争いがない。

第二  成立に争いのない甲第一号証(手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のとおり記載されていることが認められる。

一  技術的課題(目的)

鉄筋コンクリートの柱、梁部材には、主筋となる軸方向筋と、せん断補強のため及びコンクリートを拘束するためのフープ筋あるいはスターラップ筋(副筋)がある。

従来一般の鉄筋コンクリート構造の柱、梁の製作過程は、まず主筋を柱となる位置に固定し、副筋をこの主筋と直角方向に巻きつけながら所定間隔で固定し、次いで型枠を組み立て、引き続き柱に接続する梁の部分に移り、型枠を組み立ててその中へ主筋となる鉄筋を副筋とともに装入し、梁部の主筋と副筋を固定して一層部を組立て、この状態でコンクリートを打設し、養生が完了してから型枠の取りはずしを行いながら次の段階に移る。

以上のように順次施工される鉄筋コンクリート構造物において使用される副筋の直径は九mm又は一三mmが一般的であり、降伏強度も三〇kg/mm2前後であり、この降伏強度が基準となつて全ての構造設計計算がなされている。副筋端部の固定は主筋に巻きつけるようにして、柱、梁の中心に向かつて折り曲げてコンクリート内に埋め込まれるため、主筋及び内部のコンクリートが軸力によつて広がろうとする際、コンクリート内に埋め込まれている鉄筋が抜け出そうとする。この抜け出しが起こつてしまうと軸力によつて広がろうとする力を拘束できなくなる。このような点を改良したのが螺旋鉄筋を使用する方法であるが、一巻毎に固定する必要がなくなつた反面、施工上螺旋鉄筋を所定位置に固定しながら巻きつけるのが困難になる。この点を改良するため種々工夫されているが、螺旋鉄筋を工場で必要な形に成形して工事現場に搬入し、主筋となる鉄筋に嵌めて後螺旋鉄筋のみをコイルばねを引き伸ばしてから所定位置に固定する方法を用いると、例えば直径七〇〇mm角、高さ三mの如き大きな柱用の螺旋鉄筋を直径一三mm丸鉄筋でピッチ一〇〇mmとして作れば、その重量は八八kg/一個となり、運搬時は勿論のこと、配筋時の作業が容易ではなく、わざわざ分割して作業単位を軽くするというような、現場作業の困難を回避する手段や、作業現場の専用の吊具を設備するなどして対処している。

本願発明は、以上のような従来の螺旋鉄筋を用いる施工の問題点を解決するために開発されたもので、作業性の改善、経済性を図るとともに、コンクリートとの複合体として柱、梁の力学的性状向上を図ることを目的とする(明細書一頁下から四行ないし四頁下から四行)。

二  構成

本願発明は、前記の技術的課題(目的)を達成するためにその要旨(特許請求の範囲)とする構成を採用した(明細書一頁五行ないし一〇行)。

本願発明が降伏強度の最低を六〇kg/mm2としたのは、次の理由による。

すなわち、計算上、従来鉄筋として五〇〇mmφ用ss41材九mmφ(断面積六三・六mm2)を六mm(断面積二八・三mm2)におきかえようとすれば、その線材に必要な降伏強度は五三・九kg/mm2となるところ、安全性をみて六〇kg/mm2以上の降伏強度が必要となる。そして、実験の結果(別紙図面一の第9図参照)から、せん断終局応力が同一の場合には、例えば、鉄筋の降伏強度を三〇kg/mm2から六〇kg/mm2とすれば、その鉄筋比を〇・八二から〇・二六とすることが可能となり、本願発明の螺旋鉄筋を用いたコンクリート構造物の鉄筋比を大巾に減じ得ることとなり、本願発明の重量軽減目的が達成されることが確認されたことによる(同五頁下から六行ないし七頁一三行)。

また、本願発明が降伏強度の上限を一三〇kg/mm2としたのは、次の理由による。

螺旋鉄筋は所定のかぶりをもつてコンクリート被覆されるが、火災時には螺旋鉄筋には約四〇〇℃の熱が加わることがあるとされており、焼入れ焼戻し処理をして強度を付与している鉄筋は、右焼戻し温度より高い温度に加熱されると強度低下をきたすので、降伏強度一六〇kg/mm2以上では火災時に被る熱による降伏強度が使用鋼材の種類により炭素鋼で一三〇kg/mm2ないし一四〇kg/mm2に、また、特殊鋼で一四〇kg/mm2ないし一六〇kg/mm2に低下してしまうので、上限を一三〇kg/mm2とすれば実用上支障がないと考えられたことによる(同八頁下から五行ないし九頁九行)。

三  作用効果

本願発明の構成によれば、

1  せん断終局応力を高くすることができる、

2  同一のせん断終局応力で比較する降伏応力三〇kg/mm2の鉄筋比〇・七八%と本願発明の降伏強度六〇kg/mm2の鉄筋比〇・二六%のものが略同一となり、鉄筋比が略三分の一に減少可能となる、

3  鉄筋径が細いので重量が小となり運搬及び取扱いが容易になつて、同一重量で比較すれば巻数の大なものを使用することができる、

4  ピッチ調整をする場合塑性変形をおこさず調整できる、5 本願発明の螺旋鉄筋を用いて作られた柱、梁部材は靱性の向上が著しく、耐震性に極めて優れており、種々の効果をもたらす、

という作用効果を奏する(同一一頁四行ないし下から三行)。

第三  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  建築基準法三八条の規定に基づく建設大臣の認定の看過について

原告は、本願発明は、建築基準法三八条の規定に基づき、建設大臣から建築基準法施行令等に規定するところより同等以上の効力を有することについての認定を得たので、それにより本願発明の新規性、進歩性の確認が得られたとして、その事実について何ら考慮を払わなかつた審決の違法を主張する。

建築基準法三八条による建設大臣の認定の制度は、同法やそれに基づく命令等によつて、建築物の安全性の確保の観点から、建築材料や構造方法を定めるが、これらに規定のない新しい又は特殊な建築材料や構造方法であつても、建設大臣がこれらの規定によるものと同等以上の効力があり、建築物の安全性が確保できると認める場合には、その建築材料や構造方法による建築物の建築を認め、もつて建築技術等の進歩に個別的に早急に対応しようとする制度であると認められる。

しかし、建設大臣が右認定をするに当たつては、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資するという建築基準法の目的(同法一条)に従い、申請に係る建築材料又は構造方法が制定された基準と同等以上の効力があるか否かを判断するだけであり、その建築材料又は構造方法が発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法一条)に従い、それが発明される以前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載されたところと同一か否か、あるいはその刊行物等から当業者が容易に発明をすることができたか否か等特許要件たるいわゆる新規性、進歩性の有無を審査するものでない。それが発明される以前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができた建築材料又は構造方法であつても、それが基準と同等以上の効力があるものと認められる以上、建設大臣の認定は得られるものである。

したがつて、本願発明が建築基準法三八条の規定に基づく建設大臣の認定を得たか否かということは、本願発明が第一引用例記載の考案及び第二引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かという本件争点に係る判断に何らの関係もないものであることは明らかであり、右認定を受けたからといつて、新規性あるいは進歩性ある技術として特許されるべきものであることが公的に証明されたとはいえない。

したがつて、審決がこの点について何らの考慮を加えていないことは正当であり、その余について判断するまでもなく、この点の原告の主張が失当であることは明らかである。

二  一致点認定の誤りについて

次に、原告は、審決が、第一引用例記載の考案が螺旋鉄筋を「密着巻き」に成形するものであると誤つて認定し、もつて本願発明と第一引用例記載の考案とが、副筋として使用され、伸長時にはその弾発力を利用する鉄線を螺旋状にかつ「密着巻きに」成形してなる鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋である点で一致するとした一致点認定の誤りを主張する。

原告は、その理由として、第一引用例記載の考案は本願発明の要旨とする螺旋鉄筋を密着巻きに成形することはその技術的内容としておらず、第一引用例には、単に圧縮の程度に充分注意を払うべきことが記載されているにすぎないと主張するので、この点について検討すると、本願明細書の特許請求の範囲に記載された「高強度鋼線を螺旋状にかつ密着巻に成形して」における「密着巻に成形して」とは、その記載文言自体から、当業者には隣接する鋼線が通常の意味の密着、すなわち、互いにぴつたりと付着する状態に巻きつけて成形されることを意味すると理解されることが明らかである。

そこで、更に、第一引用例に、本願発明における「密着巻に成形」という構成が開示されているかについて検討すると、成立に争いのない乙第二号証(第一引用例)によれば、第一引用例記載の考案は、考案の名称を「梁用帯筋」とし、実用新案登録請求の範囲を「鉄線を所要のピツチでスパイラルし、荷重を解除した際の残留歪が出来るだけすくなくなるように圧縮したことを特徴とする梁用帯筋」とする考案であるが、明細書の考案の詳細な説明には、原告主張の「鉄線1の圧縮は、前記の金具3、3や紐を除去して圧縮荷重を解消すれば、鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるように注意する。」(三頁五行ないし八行)との記載の他、「この考案は、鉄筋コンクリート構造物における梁の構築に際し、剪断補強の目的で主筋に巻きつける帯筋の改良に関し、従来の帯筋が現場で定尺の鉄線を所定の長さに切断し、方形状もしくは円環状に折曲して主筋に巻き付けているため、製造並びに取付けに多大の手間、時間を要し、また、すべて手作業によるところから、鉄筋量の不足や、帯筋間隔の不適正、等の不都合があつたのを解消したものである。」(二頁二行ないし一一行)、「斯様にこの考案の帯筋は工場生産に好適で従来の帯筋と比較して生産性に、施工性に著るしく優れ、また、現場への持ち込み、保管にも便宜であるのに加えて、鉄筋量の不足や帯筋間隔の不適正等の不都合も生じない。しかも、螺旋構造であるから、梁の補強効果においても従来の帯筋と比して著るしく優れているのである。」(四頁三行ないし末行)記載されていること、願書添付の第1図には、実施例として、スパイラルの上下隣接部分に隙間のない密着状態に圧縮されて金具で固定された螺旋鉄筋が示されていることが認められる。

もつとも、原告が指摘する「鉄線1の圧縮は、前記の金具3、3や紐を除去して圧縮荷重を解消すれば、鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるように注意する。」との記載からは、圧縮荷重を解消すれば、鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるよう過度に圧縮しないよう注意すべきという趣旨であると読み取ることができるが、圧縮荷重を解消した際、原型に復すかどうか、残留歪がどの程度生じるかは、鉄線の材質やピツチの幅により影響されるものであることは技術常識であるから、密着状態に圧縮したからといつて、それによつて当然に原型に復さなくなるとか、残留歪が大きくなるということにならない。したがつて、前記記載が第一引用例記載の考案の鉄線を密着状態にまで圧縮することを否定しているものでない。むしろ、第一引用例の前認定の記載から、第一引用例記載の考案は、副筋として使用される螺旋状鉄線につき現場への持込みや保管をしやすくすることがその技術的課題、作用効果の一つにされていることが認められるのであるから、第一引用例記載の考案の螺旋状鉄線は、可能な限り圧縮して容積を小さくすることが、その目的に適うものである。

そして、前認定のとおり、第一引用例の第1図は実施例として上下隣接部分に隙間のない密着状態に圧縮されて金具で固定された螺旋状鉄線が示されているのであるが、実施例は考案を具体化する場合に最良の結果をもたらすと思うものを掲げたものであるから、第一引用例記載の考案の技術的課題と併せ考えると、第一引用例においては、圧縮荷重を解消した際ほぼ原型に復し、残留歪が僅少となる限り、螺旋状鉄線を密着状態に圧縮することが望ましいことを開示していると認めることができる。

そうだとすると、第一引用例には、副筋として使用され、伸長時にはその弾発力を利用する鉄線を螺旋状にかつ「密着巻きに」成形してなる鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋が開示されているというべきであるから、以上の点で本願発明と第一引用例記載の考案とは一致するとした審決の認定に誤りはない。

三  相違点に対する判断の誤りについて

原告は、第一引用例記載の考案には、鉄線の材質を降伏強度の高いものを採用するという技術的思想はなく、また、第二引用例記載の発明に用いられるCPCヒユーム管は、第一引用例記載の考案の鉄線とは使用目的、効果が異なるとして、本願発明において鉄線の材料を降伏強度六〇kg/mm2ないし一三〇kg/mm2の高強度鋼線としたことに格別の創作性はないと判断したことの誤りを主張する。

前述のとおり、第一引用例には圧縮荷重を解消した際鉄線がほぼ原型に復し、残留歪が僅少となるようにするため、鉄線の材質に考慮すべき旨の具体的記載はない。前認定の第一引用例の「鉄線1の圧縮は、前記の金具3、3や紐を除去して圧縮荷重を解消すれば、鉄線1がほぼ原型に復し、歪の残留が僅少となるように注意する。」との記載も圧縮の際の注意事項として述べられているものである。

しかし、成立に争いのない乙第八号証の一ないし三(中原一郎著「材料力学-上巻-」株式会社養賢堂昭和六二年一一月一〇日発行)によれば、物体に加えた荷重を除去しても歪が生じる場合、それを「永久歪」又は「残留歪」といい(二〇頁一四行ないし一七行)、荷重を除去したときに生じる永久歪の大きさがある値になるような応力を「耐力」又は「降伏強さ」ということ(二一頁一六行ないし一八行)が認められ(乙第八号証の一ないし三は、本件出願後に刊行されたものであるが、第一版は昭和四〇年五月一日に発行されていることがその記載から明らかであり、同記載の技術内容に照らし、本件出願当時の技術水準を示すものと認められる。)、これからすると、同一断面積の物体に同一の荷重を加えた場合、本願発明でいうところの降伏強度が高いほど残留歪が小さくなることは、当業者にとつて自明のことということができる。

したがつて、第一引用例記載の考案において密着状態に圧縮した後圧縮荷重を解消した際、残留歪を僅少にするためには、鉄線の材質として降伏強度の高いものを選択することは、当業者であれば極めて容易に想到することができるものである。

一方、成立に争いない甲第三号証(第二引用例)によれば、第二引用例記載の発明は、名称を「ケミカル プレストレスト コンクリート ヒユーム管用鋼弦籠の製造方法」とする発明であるが、発明の詳細な説明の項には、従来、CPCヒユーム管を製造するには、CPCヒユーム管の周に沿うごとく縦筋を列設して縦筋群を構成した後、当該縦筋群の外周に高張力鋼線(主筋)をスパイラル状に巻きつけ、当該主筋と縦筋との接触部分を点溶接して鋼弦籠を編成し、当該鋼弦籠を型枠内に配置し、当該型枠内に膨張セメントを打設し、当該膨張セメントの凝固後の膨張を、主筋をもつて抑えることによつて当該ヒユーム管に円周方向の有効プレストレスカを与えるという方法によつていたこと(一頁左下欄下から六行ないし右下欄七行)、この場合、主筋としては炭素含有量約〇・三五%前後の鋼材を冷間引抜することによつてその強度を高めたものが用いられているが、冷間加工によつて当該鋼材の強度を更に高めるためには、炭素含有量を高めなければならないが、そうすると点溶接部の機械的性質の劣化が甚だしくなり実用に供しえなくなるため、実際においては一〇〇kg/mm2程度以下の強度のものしか実用に供せられていなかつたこと、また、CPCヒユーム管用の主筋は、PC鋼材としては施すことが必須ともいえる冷間引抜後の焼きなまし(ブルーイング)処理を行つていないため、長時間にわたつて使用される場合の主筋の品質保持(特に応力緩和に対する抵抗性)の点で不十分であつたこと(同欄七行ないし二頁左上欄五行)、第二引用例記載の発明は、主筋として点溶接性に難点の多い高張力鋼線を用いても、当該鋼線を三五〇℃ないし四五〇℃に予熱した状態で縦筋に点溶接することによつて、当該点溶接部の機械的性質を劣化させることなく点溶接を可能とするとともに、点溶接のための右予熱をもつて、主筋のブルーイング処理をも兼ねさせることによつて、強度の高い主筋を経済的に実現することを目的とする旨(二頁左上欄一〇行ないし一八行)が記載され、表1に、鋼線の降伏点が、予熱をしないものは九二・五kg/mm2から九三・一kg/mm2までであるのに対し、予熱(三八〇℃)をしたものは九七kg/mm2から九七・八kg/mm2までとなつた旨が示されていることが認められる。

第二引用例の右記載からすると、第二引用例記載の発明に用いられる鋼線は形状がスパイラル状であり、降伏強度も本願発明の六〇kg/mm2から一三〇kg/mm2の範囲に含まれるものであるが、用途は「主筋」と表現されていて、その点で本願発明や第一引用例記載の考案の鋼線とは相違するものである。

原告は、この点を捉えて、第二引用例記載の発明と第一引用例記載の考案に用いられる鉄筋の使用目的、作用効果が異なるので、当業者が、第一引用例記載の考案の鉄筋(副筋)を第二引用例記載の発明の鉄筋(主筋)として用いられる高強度鋼線に代えることを想到することは困難である旨主張する。

しかし、前認定の本願発明の技術的課題から明らかなように、本願発明(第一引用例記載の考案も同じ)において、副筋たる鉄筋を螺旋状にして主筋に巻きつけるようにした技術的意義の一つとして、鉄筋コンクリート構造物のコンクリートが主筋と直角方向に広がろうとする力を拘束することがあげられる。

一方、第二引用例記載の発明における縦筋にスパイラル状に巻きつけられる主筋も、前認定のとおり、膨張セメントの凝固後の膨張を抑える機能(この機能がヒユーム管に円周方向のプレストレス力を与える。)を果たすものであり、また、ヒユーム管に曲げやせん断力が加わる場合においてはそれに抗して破壊を防ぐ機能を果たすものであるから、本願発明や第一引用例記載の考案の副筋と第二引用例記載の発明の主筋とは実質的に同一の作用効果を果たすものである。

以上のことからすると、第一引用例記載の考案の鉄線の材質を第二引用例記載の発明の高張力鋼線に代え、もつて本願発明につき審決認定の相違点にかかる構成を得ることは当業者であれば容易に想到することができたものというべきである。

よつて、審決の相違点に対する判断に誤りはない。

四  本願発明の奏する顕著な作用効果の看過について

原告は、本件出願前においては、せん断補強筋は、鉄筋コンクリート構造物のせん断耐力を向上させるのにそれ程有効であると考えられていなかつたところ、本願発明の構成により鉄筋コンクリート構造用螺旋鉄筋のせん断耐力を大きくすることができたものであるとして、審決は本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したと主張する。

原告の主張するとおり、成立に争いのない甲第一八号証の一ないし三によれば、社団法人日本建築学会編集「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」(同学会一九八二年発行)には、「せん断補強筋に高強度鉄筋を用いた実験例は比較的少なく、またせん断ひび割れの開口止めとしての高強度鉄筋の効果は少ないと考えられるので、外国基準の例にもならい、長期、短期の許容応力度を二〇〇〇kg/cm2、三〇〇〇kg/cm2と頭打ちした」(五八頁下から九行ないし七行)と記載されていることが認められる。

しかし、右記載は、高強度鉄筋はせん断ひび割れの開口止めの効果が少ないというものであり、せん断耐力を向上させる効果がないというものではない。

このことは、成立に争いのない乙第五号証の一ないし八によれば、右文献の一九七一年度版であると認められる社団法人日本建築学会編集「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」(同学会一九七一年九月一五日発行)には、「pw」は「あばら筋比または帯筋比」(三頁下から四行)、「wft」は「あばら筋または帯筋のせん断補強用許容引張応力度」(二頁一八行)と定義され、 「ⅲ)せん断補強筋の効果と最大限度」の項に、「補強筋はせん断ひび割れの発生時期を遅延させるものではないが、ひび割れの伸展および開口幅の増大を防止し、材のせん断耐力ならびにじん性の確保に役立つ。しかし、実験によれば(16・2)式および(16・4)式に示したように、pwが増せば終局強度は増加するが、従来のトラス理論に立脚した計算式のように、必ずしも、pw・wftに直接比例して増大するとはかぎらず、これの平方根に比例した形で増大する傾向がある。」(一八六頁一三行ないし一八七頁四行)と記載されていることが認められる。

右記載によれば、鉄筋比は同じでも、あばら筋又は帯筋に高強度の鉄筋を用いた場合には、せん断耐力が向上することは明らかである。

したがつて、高強度の鉄筋を用いた場合にせん断耐力が向上することは、原告が主張するように、本願発明によつて初めて明らかにされたものではなく、本件出願前から周知となつていたものである。

そして、第二引用例には、本願発明の高強度鋼線の降伏強度の範囲に含まれる降伏強度の高張力鋼線を縦筋に対しスパイラル状に巻きつける(これが本願発明や第一引用例記載の考案の副筋と実質的に同じ作用効果を奏すること前認定のとおりである。)ことが開示されているのであるから、原告主張の本願発明の奏する作用効果は、第一引用例記載の考案及び第二引用例記載の発明から当業者が予想できる範囲のものであり、何ら格別のものということはできない。

なお、原告は、本願発明の作用効果を建築基準法との関連において主張するが、前において述べたとおり、建築基準法及び関連諸法令からみた技術の評価を根拠として本願発明の奏する作用効果を予測しえないものとみることはできない。

よつて、この原告の主張も理由がない。

五  以上のとおり、審決の認定、判断の誤りをいう原告の主張はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

第四  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

<省略>

別紙図面二

<省略>

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